PC9801はDOSで動くパソコンの中では最も販売台数が多い物である。
パソコンと言えばNEC、NECのパソコンと言えばPC9801シリーズと言えるくらい一般的なモノであった。
私は、30歳頃にシャープのMZ2000を買って、裏切られたのその後は、このPC9801を使っていた。
富士通のFM−TOWNSも買ったが、事務用はPC9801遊びやゲームはTOWNSといった使い分けをしたモノだった。
今回はこの筐体の中にBH6というDOS/Vパソコンのマザーボードを組み込んだことについて記録として残すことにした。
ハードディスクやRAIDは残念ながら今はないが、筐体はまだ保存してある。金属加工が好きになった製作だった。 |
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このマザーボード(BH6)は当時はPentiumの1GHzが乗せられることで有名だった。松本深志高校の近くにあったTWOTOP(倒産してしまった)で見つけた。なんて安いのだろう、動かなくても元々だ位で購入した。しかし、あっさり動いた。当時は大阪からやってきた?TWOTOPがみんな好きで、暗いうちから並んでパソコン用のケースを2個買った記憶がある。今でも、苦労して求めたせいか、このケースは我が家で現役で働いている。マザーボードや各種の基盤はこのような「プチュプチュ」で梱包されて幾つも売られていて、店が開けられると群がったものだった。 下にマザーボードの一部を示します。
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PC9801Fの後部の改造風景
98は横にIO関係の基盤がサブパネルを介して並ぶが、BH6はボードに直接差す形式である。そのため四角に切り抜いてボードを差した。ビデオボードやSCSIボードは必ず必要であった。 |
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これはCPUまわりの配線である。2001.3.7と鉄板に書いてある。通知票も付けないでこんな事していたのか?きっと頭を休める意味で毎日少しずつ作っていたのであろう。このパソコンはなかなか性能が良く、2年くらいは使っていたと思う。今でも壊さずにしまってある。
右の小さな写真はCPUを取り付けるサブボードである。画像をクリックするとジャンプします。 |
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| Pentiumの1GHzは値段が高いので、キャッシュが少し少ないセルロンの1GHzを使ったように思う。マザーボードに直接にプロセッサをつなぐのではなく、マザーボードに刺さるスロット(スロット1)にCPUを取り付けたサブボードを差す形式である。インテルに対するAMDのアスロンではスロット1ではなくスロットAといって区別していた物である。スロット1は元々のPentiumプロセッサが基盤と一体化したハーモニカのような構造をしていた。これを受け継いでスロット1が当たり前になっていた。 |
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| このパンチングメタルの下はハードディスクが2台入っている。当然であるが、RAIDを組んでハードディスクのアクセスの高速化をはかっている。プロミス社のRAID基盤を用いた。FASTTRACK66という名前だった。 |
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| これはCD−ROMドライブである。確か、198円だったように記憶している。下側に映っているのは電源である。これは昔のフロッピディスクの筐体の中に電源を押し込んだ。結構製作は難しかった。 |
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| これは、バックパネルの左側である。昔の不ロッピディスク用の出力が大きく口を開いている。パラレルのプリンタポートなどバックパネルと当たってしまうので、切断した。これは全て鉄板なので加工に苦労をした。ハンドにブラーという器具を用いて切断した。加工方法は自動車板金やさんみたいだった。 |
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| これは、上から見た写真で、右上にはRAIDをしている証のIDEケーブルが2本並んでいる。RAIDはもちろんRAID0で1個のHDDが不調になるとシステムは全て吹っ飛んでしまうという代物であった。とばしたり再インストールしたり何度もやった物だった。Windows2000のころだった。 |
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電源のボックスの後部の写真である。
60φのファン用のガードがこのころ気に入っていて、部品屋に行ってはたくさん買い込んだ物だった。 |
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電源の大写しの写真
5この穴から空気を吸い込み、後ろ側(写真で右側)に排気される。電源はPC9801FのCD−ROMはVMなどと異なり正面から見てやや中央によった位置に取り付けられているので左側が少しあいている、そこに電源を仕込んだのである。 |
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RAID用のケーブル配線の模様
結構長い距離引っ張っている。これが長くとも美しく配線されていると良いのである。ハードディスクも2台並んでいるのでスペースも結構取っているし、熱的にも大変そうである。 |
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基盤が刺さっている様子である。左側がビデオボード、中央がRAID用の基盤、右側がSCSI用の基盤
SCSIは今ではほとんど見なくなったが当時はMO(光磁気ディスク)やスキャナー、外付けハードディスクをつなぐときの必需品であった。今で言ったらUSBポートのような物であるが、ケーブルなども高価であった。内部のSCSI出力は50ピンの平行ケーブルを用いていた。 |
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